7月14日朝、最終日
14日朝、炊き出し最終日。





今日は、記録係の佐治さんは運転があるので、朝食の写真がありません…。ごめんなさい!
いつものように、4時集合。
朝食のメニュー。
ベーコン、スクランブルエッグ、味付け海苔、梅干し、トマト、ブロッコリ、お味噌汁、ご飯。
お弁当も勿論作りましたよ。
今日は最終日、何だか複雑な心境です。
今回で炊き出し支援は最後とみんなが心の中で思っています。
津山の避難所はお盆には閉鎖になるからです。
ところで、12日津山に到着した日の事で書き忘れている事がありました。
若者総合体育館は、丘の上にある体育館。
とても見晴らしが良く、すぐ後ろには山があります。
坂道を、ぐねぐねと登り、体育館のグランドが一番に目に入ります。
その日は、いつもと違う様子でした。
工事をしていました。
私は一目見て、あ!仮設住宅を建てるための基礎工事してるんだ…と思いました。
避難所について早速、下ちゃんに訪ねると案の定そうでした。こちらがその写真

確か、30世帯程の仮設が建つとの事でした。
すごい所に仮設住宅を建てているなと、正直思いました。
よほど土地がないのだなぁ…とも思いました。
避難所の皆さんの次ぎなる新しい生活がはじまります。
7月20日、津山の避難所の全員の仮設住宅への入居が決まりました。
今回の炊き出しで、炊き出し支援はひとまず終了です。
私はその知らせを聞き、少しだけ嬉しく思いました。少しだけ…
だって、これからがもっと大変なのだろうなぁと思ったからです。
一人暮らしの老人、高齢者夫婦の方々の事、仮設での孤独死の事が頭をよぎります。
阪神淡路での教訓を生かして欲しいと心から望みます。
私に出来る事。
お料理をする事。
そこからはじまった支援。
勿論、田中先生、ひろこさんも同じ気持ちからはじまりました。
避難所の生活。サトウのご飯の空き容器で食事をしていた過去の日々、菓子パンとおにぎりだけのご飯の日々。
私達はその事実を知って本当に衝撃的でした。
特に、地震があった事が嘘のような名古屋に住んでいるからでしょう。そして、食に携わる仕事をしているからでしょう。
そして、何より、貧困というものが世界的にみても少ない、ほとんどない、全くないのかな? そんな日本で生活しているからでしょう。
新幹線で数時間移動したそこに、ご飯を食べたいのに食べれない人達が大勢いる。
私はカフェでご飯を作る仕事をしています。
震災直後、相変わらずお客様は来店する。
きれいに着飾り、お財布を持ち、好きな食べ物を頼み、食事する。
その時、東北の人たちは、お財布もなければ、移動する手段もなければ、食べ物も、暖をとる物も、大切な人も、何もかも無くして飢えを耐え忍んでいる。
すぐ近くにいる人達が…
次ぎは、東海地方に大きな地震が来るんじゃないかと、お店のスタッフ達と不安に過ごしていた日々…
ただ怯えていた日々。
友人、知人の支援活動を見て、恐れるんじゃなくて、何かしなきゃ!!と思えた日。
そして、沢山の人の力が一つになって出来た支援活動の日々。
みなさん、本当にありがとうございました。
私は、このブログを書く時に気おつけている事があります。
支援金、物資を頂いた方々に対してどのように使われたかを伝えたい。
もう一つ。
支援活動をしたいのに、色々な事情で出来ない人達がブログを読む事で少しでも被災地を感じる事が出来るように。私が感じた事を、読む人に体感してもらいたい。
私が出来る事って、料理をする事と、体験した事を伝える事。
伝える事で、誰かの何かが変わるのを期待して…

みんなの笑顔。いいねぇ〜。
日本中の人達が、笑顔になって、その笑顔が飛び火して、世界中の人が笑顔になって…
世界中の人が思いやりと、愛を持って…
そうしたら、きっと素敵な世界になっちゃうよ…
なるといいな…
そうなりたい…
そうしよう…
そうしよう…

南三陸では、水揚げが始まっています。
少しずつ動き出した南三陸の景色。


チームがんずきのみんな、支援して下さった方々、皆さんに、沢山のありがとうを言いたいです。
みんな、ありがとうございます。
ONE LOVE ♡
- 2011.07.28 Thursday
- 炊き出し
- 21:23
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- by ganzuki2













































